第二章 晩春の嵐 後編

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パネルやガラスケースが整然と陳列された展示室やトイレを通り過ぎ、順路を通って奥へと進んでゆく。九条さんの後をついて歩きながら周囲を見渡すが、他に人が一人も見当たらない。 思えばこの植物園に来た時から今まで、僕たちのほかにお客さんはおろか、九条さんの他のスタッフの姿も見ていない。 ゴールデンウイークの最終日、天気も良い絶好のお出かけ日和に来客が皆無だというのは奇妙だった。 こんなにお客さんが少なくて、植物園なんて経営できるんだろうか、とても疑問だ。 それとも、今日はたまたま誰もいないのか。 突当りの「STAFF ONLY」と書かれた扉に、九条さんはポケットから取り出した鍵を差し込む。 ソファが二つとそれを挟むようにテーブルが一つ、事務用のデスクが二つ置かれた、綺麗に整頓された広い部屋。おそらく、事務室と応接間を兼ねているんだろう。 この建物の外観と同じように、中も全体的に白を基調としたシンプルな内装になっている。 「ちょっと、ソファで座ってて。せっかく美味しそうなお菓子を頂いたから、三時には少し早いけれどお菓子にしましょ」 ソファを指さし、お母さんが一昨日のお礼にと贈った菓子折りを少し掲げて見せる。確か、病院の近くのデパートで買った焼き菓子の詰め合わせだ。 部屋を出て行ったかと思うと、ものの一分も経たないうちにお盆にクッキーを持ったお皿と、三つのグラスを乗せて戻ってきた。 透明なグラスにはそれぞれ黄色、オレンジ色、赤色の飲み物が入っている。それぞれ僕、姉ちゃん、九条さんの前に置かれた。 「ジュース、おかわりあるから。欲しかったら言ってね」 「ありがとうございます、葵さん」 嬉しそうに姉ちゃんがお礼を言うと、にこりと微笑みを向ける。 笑い方が自然というか、わざとらしくない。人当たりもいいし、社交的で華やかな雰囲気が特徴的な人だ。 封鎖された浜辺に無断で入った時、警察の人は注意するどころか、逆に彼女に嬉しそうに話しかけていた。 実際に単純で人懐っこい姉ちゃんも、緊張しつつもすでに九条さんに気を許しつつある。 上手く言えないが、人の心の隙間にうまく入り込んでくる人だと思った。
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