第二章 晩春の嵐 後編

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この人がものすごく美人な部類に入ることは、僕にも分かる。 でも美人で社交的で、誰からも好かれて一度会った僕らにもとても親切…………ここまで揃うとなんだか、出来すぎていて逆に胡散臭い。 「……はい」 そして、もっと油断できないのは、僕が九条さんを警戒していることを、当の本人が既に気づいていることだ。 アイスティーを一口飲んでグラスを置くと、僕と姉ちゃんに視線を移した。 「さてと。フラワーアレンジメント教室だったよね。何を作ろうか?」 笑顔でさらりと言われ、姉ちゃんがにわかに狼狽(うろた)える。 「えっと、実は……その、実は一昨日の」 「ふふ、冗談よ。一昨日の海であったことの、詳しいお話を聞きに来てくれたんでしょう?」 突然仕事が入ったため、九条さんにお礼を渡してすぐ家に帰ろうとしたお母さんに、この植物園で随時開催されるというフラワーアレンジメント教室に行きたいと、姉ちゃんと二人で駄々をこねた。 参加費無料、不定期開催とホームページに書かれていたので、植物園に残る口実に使わせてもらった。 お父さんの体調が良かったことと、連休中にどこにも遊びに行っていないことの負い目から、お母さんは比較的あっさり了解してくれた。 「ごめんなさい。言い訳っていうか、ウソなんです……」 気まずそうに謝る姉ちゃんに、九条さんは「やだ、分かってるってば」と笑いかける。 ささやかな意地悪みたいなものだ。 大体、本当にフラワーアレンジメント教室をするなら、ここではなく途中にあった多目的室に案内されただろう。 人当たりの良さはあくまで対外的なもので、本当はなかなか癖のある人かもしれない。 「でも、涼くんも一緒に聞くの?」 「はい。ダメですか?」 念のため尋ねると、「ううん」とあっさり首を横に振る。 「良いよ。素直な子が好きだけど、賢い子も嫌いじゃないもの。結構お姉ちゃん思いだね、涼くんは」 「…………」 それには答えず、黙ってレモンジュースをストローからすすった。 売り物なのか手作りなのか、ちょうどいい濃さと甘さ、酸味が美味しく、癖になる。 姉ちゃんは少し驚いたような顔で僕を見た。気まずくなって、出されたクッキーに手を伸ばす。
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