第一章 晩春の嵐

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制服に着替え、急いでご飯を口にかきこむ。 そんな私とは対照的に、弟――――涼(りょう)は悠々とカバンの中身に、忘れ物がないかチェックしていた。 「ねえちゃん、パンフレットちゃんとカバンに入れた?」 少し低い弟の声に、ぎくりとする。 「たぶん、大丈夫!」 「さっきまで、机の上に置きっぱなしだったけど」 「えっ!?後で入れとく!」 「“後で”?」 じとっとした目でにらまれ、思わずひるんでしまう。 涼はため息をつくと、「もう、カバンの上に置いといた」と言い残して家を出た。 なんだか弟のくせに、これじゃ向こうが年上みたいだ。 涼が言った通り、階段のカバンの上には、ファイルに入ったお祭りのパンフレットの下書き原稿が置かれていた。 わが弟ながら、小学5年の男子とは思えないほどきっちりしている。 「いってきます!」 「行ってらっしゃい。自転車のカギ忘れてるよ、ほら」 玄関を飛び出し、自転車に飛び乗った。 休日の朝だからか、道路にはほとんど人がいない。 今日は土曜日だけど、午前中だけ学校がある。 といっても、授業じゃない。 私たちが住む七賀岬(なながさき)町が行う夏祭り「鳴夏祭(めいかさい)」の打ち合わせだ。 地元の商店街や企業はもちろん、子どもたちも大学生から保育園児まで参加するし、学校でも地元の文化を学ぶ課外学習として、毎年、わりと力を入れて取り組んでいる。 地域ぐるみで開催されるこのお祭りは、地元の人だけでなく県外からも観光客が集まる、そこそこ有名な夏祭りだ。 出店もたくさん来るし、お神輿(みこし)もけっこう豪華だし、盆踊りやよさこい、仮装行列がお神輿の後をついて、大勢の人がパレードのようにねり歩く。
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