第二章 晩春の嵐 後編

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「この前、発作を起こしてICUで手術を受けました。一度目の手術のあとにどうして体調を崩したのか、原因は分からないままだそうです」 そこでひとまず話を区切って、少し目をふせ俯(うつむ)く。 口を挟まずじっと僕の話を聞いていた九条さんが、気遣うように口を開いた。 「…………そうだったんだ。お父さんが入院してるのは茉莉ちゃんから聞いたけど、大変だったね」 わざとらしく気の毒そうな表情を作ったりせず、淡々と、しかし少し声の調子を落して僕たちに語り掛けた。 「なんで過去形なんですか?」 「え?」 「気分を悪くしたらごめんなさい。でも九条さんは、今“大変だね”じゃなくて、大変“だったね”って言われましたよね。僕はまだ、ICUで手術を受けたとしか言っていません。手術が成功したことも、お父さんが回復したこともお話ししてません」 九条さんみたいに社交的で人当たりの良い人なら、普通はここで僕らを慰めるか、お父さんの手術は成功したかとか、今の容態を尋ねるとか、そういった言葉が出てくるはずだ。 でもこの人は「大変だったね」と、あたかも一難去ったことを知っているかのような物言いをした。 考えすぎだとか、単なる言葉の綾だとか言われたら、それ以上何も言い返せないけれども。 誤魔化されると思ったけれど、九条さんは少し目を見開いただけで何も言わなかった。 姉ちゃんは少しハラハラして、僕と九条さんを見守っている。 「九条さんは、何をどこまで知ってらっしゃるんですか?」 「…………何って?」 気分を害した様子もなく、穏やかな微笑みを浮かべて続きを促す。 一つ深呼吸をして、息を整える。 目の前の女の人の目を、正面から見据えた。 「今年に入ってから、鳴渡浜で立て続けに見つかっている水死体のこと。それと、最近流行し出した“フォーチューンドール”を使った呪いについての2つのことです」
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