第二章 晩春の嵐 後編

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九条さんがここで僕らに同情して、情報を提供してくれるか。 それとも、面倒事に関わり合いたくないと知らないふりを通されるか。 どちらにしても、あまり勝率の良くない賭けだった。 「5日前も一昨日の夜も、九条さんたちは鳴渡浜にいらっしゃいましたよね。一昨日も、浜で姉ちゃんを助けてくれた。鳴渡浜で何が起こっているのか、九条さんたちは何かご存じなのではないかと思ったんです」 親しい間柄ならともかく、僕とこの人がまともに喋ったのはこれが初めて。つい最近会ったばかりの子どもに、突然こんなことを言われても向こうは困ってしまうだろう。 見返りがあるならともかく、僕や姉ちゃんができる恩返しなんて限られている。 「もちろん、私がたちが出来ることなら、お礼は何でもしますっ!」 姉ちゃんはソファから立ち上がり、勢いよく頭を下げた。後ろで一つに結んだ髪がバサッと揺れる。 「だから、お願いします葵さん!!」 こちらの切り札を最初から見せ切ってしまうのは得策じゃないけれど、この場合、大した手札を持っていないから仕方がない。 僕も人のことは言えないけれど、姉ちゃんもたいがい駆け引きが下手だった。 「お願いします、九条さん。どうか、何か知っていることがあったら教えてください」 僕も立ち上がり、姉ちゃんの横で深く頭を下げた。 にわかに、部屋の中に沈黙が漂う。ちらりと横目で姉ちゃんを窺うも、頭を上げる気配がない。 きっと、九条さんが話してくれるまで頭を上げるつもりはないんだろう。僕もそのつもりだった。 黙り込んでいた九条さんが、唐突に「ふむ」と呟く。 「…………二人とも、顔を上げてちょうだい。一つ聞いておきたいんだけどね」 「はい」 そっと頭を上げると、真っ赤な瞳と真正面から視線がぶつかった。 「もし涼くんが予想した通り、これが何者かによる“呪術”だった場合、お父さんに呪いをかけた人間――――つまり“犯人”が存在するわよね。君たちは、その犯人をどうするつもり?」
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