第二章 晩春の嵐 後編

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「うーん、どこから説明すればいいのかな。とりあえず、二人は“呪い”って何だと思う?」 ソファに腰かけ、桐箱を膝の上に置く。 「……精神的かつ宗教的な儀式を用いて、間接的に人に何らかの危害を与えることですか?」 「さっきからすごく気になってたんだけど、涼くんって何歳?」 十一歳です、と短く答えると、九条さんは目を丸くした。 「神童ってどの時代にもいるのねえ。話を戻すけど、今涼くんが言ったので大体あってるかな。もう少し補足すると、呪術の根っこって“模倣”と“感染”のどちらか、又はその二つの要素を併(あわ)せて成り立っているの」 「模倣と感染……?」 姉ちゃんは不思議そうに首を傾げた。 昨日の夜にネットで集めておいた情報を、頭の片隅から引っ張り出す。 「文化人類学者のフレイザーが提唱した、類感呪術と感染呪術のことですか?」 「すごい、よくそこまで調べてきたね。類感呪術が模倣、感染呪術が感染だよ。模倣っていうのは、呪いたい相手と姿形を似せたものと“置き換える”こと。感染は一度接触したものが、その後も影響を及ぼし合うこと。例えばの話だけど“丑の刻参り”って知ってる?呪い殺したい人を藁人形に見立てて、真夜中に釘で打つっていうやつ」 「あ、はい。それなら……」 話についていけず挙動不審だった姉ちゃんが、少しホッとした顔で頷く。 姉ちゃんの様子を察した葵さんは言葉を選びながら、噛んで含めるように話を再開した。 「この場合、藁人形は人間の“代わり”になの。人形は“人の形”って書くように、人間に似せて作られるものでしょ。そうやって人形を呪いたいターゲットに見立てて、釘を打つ。そうやって丑の刻参りで呪われた人は、まるで心臓に直接釘を打ち込まれたかのようにぽっくりと死んでしまう――――つまり藁人形みたいに、ターゲットを“模倣”した“モノ”が、ターゲットへと呪いを及ぼす“媒体”となること。それが、今涼くんが言ってた“類感呪術”だね」
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