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「楽しかったか?」
「うん」
車を走らせながら、じいちゃんがバックミラー越しに僕と姉ちゃんに話しかけてくる。
「二人とも、何を教えてもらったの?」
「リース作ったの。カーネーションで」
姉ちゃんは紙袋から透明なプラステックの箱を取り出すと、助手席に座るばあちゃんに手渡した。
「ほら、これ」
「まあ、すごく上手に作れたねえ。お母さん、きっと喜ぶよ」
ばあちゃんは上体をひねって後ろを振り向くと、そっと姉ちゃんに箱を返す。
カーネーションのドライフラワーやツタ、木の実やビーズ、レースを使ったリースは、プラステックの箱型のケースに固定され、まるでお店で買った商品みたいに見える。
「ほおー、見事なもんだな。売り物みたいだなあ」
それもそのハズだ。短時間で仕上げてしまうために、手とり足とり、九条さんがつきっきりで教えてくれたのだから。
「だって、難しいところは葵さんが手伝ってくれたもん」
少し決まりが悪そうに姉ちゃんが呟いた。
窓からオレンジ色の夕日が差し込んでくる。少しだけ窓を開けて風を入れると思いのほか風が強く、磯(いそ)の生臭い匂いがむっと舞い込んできた。
後ろへ流れてゆく外の景色を窓から眺めながら、九条さんから聞いた話を頭の中で反芻(はんすう)する。
いつの間にか、海岸沿いの道に出た。
浜への入り口に置かれた赤いコーンと白地に赤文字で書かれた「立ち入り禁止」の看板。黄色と黒のついたてが、風に煽られ揺れている。
まだ5時前で外は十分明るいのに、浜辺はもちろん、道路を歩く通行人もいない。僕らの前に一台、軽自動車が走っているだけだった。
最近、ここらの地域では夜に出歩く人が減ったとじいちゃんから聞いた。
太平洋へと向かって伸びる防波堤も、例年、このシーズンは黒鯛やメバルを目当てにやって来る釣り人でにぎわっているのに、今年は立ち入り禁止のせいで閑散としている。
夕日がだんだん水平線に差し掛かりはじめた。波打つ水面が、夕焼けの色を移して赤色に染まる。
「……………………」
「どうした、涼。疲れたか?」
じいちゃんの声に、ハッと顔を上げた。
「あ、なに?」
「いや、ぼーっとしてたからよ。どうかしたのか?」
じいちゃんがバックミラーの角度を少しずらして僕を窺う。
「別に大したことないよ。少し眠かっただけ」
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