第二章 晩春の嵐 後編

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第二章 晩春の嵐 後編

「帰りはちゃんと、おじいちゃんに迎えにきてもらうのよ」 温室の前で、お母さんが心配そうに僕と姉ちゃんを見比べて念を押す。 「大丈夫だってば」 姉ちゃんは明るい声で頷くが、少し仕草がぎこちない。 僕たちの後ろに立つ女の人に向かって、お母さんは深々と頭を下げた。 「申し訳ありません。重ね重ね、お世話わをおかけして……」 「いいえ。連休なのにお客様が少なくて、私も退屈していたところなので。秋浜さんこそ、これから休日出勤なんて大変ですね」 「……ええ、まあ」 「お疲れ様です」 朗らかな声で応えると、人当たりの良い笑みを浮かべる。 お母さんは眩しそうに目を細め、目の上に右の手のひらをかざした。 ゴールデンウィークの最終日にも関わらず、この広い植物園には僕たち以外に人がいなかった。 ドーム型の小さな温室は、一面中ガラス張りになっている。少し強めの日差しが差し込んでくるため、微妙に暑い。 温室の中にはソテツやヤシの木、ハイビスカスなど、熱帯の植物が鮮やかに生い茂っている。 噎(む)せかえるような土の香りと、植物の青臭さ。まるでこの温室の中だけ、夏を先取りしているみたいだった。 「すみませんが、よろしくお願いします。二人とも、ちゃんと九条さんの言うこと聞いて、くれぐれもご迷惑をかけないようにね」 「はーい」 「はいはい」 僕と姉ちゃんの返事を聞くと、もう一度ペコリと頭を下げた。 扉を開き、少し急ぎ足で遠ざかって行くお母さんを見送る。少し名残惜しそうに、何度か温室を振り返った。 「お母さん、お仕事大変だね」 「……はい」 「ここは蒸し暑いから、とりあえずミュージアムに行こっか。それにしても、昨日までは寒かったのに、今日は暑くなったね」 県の最南端に位置するここ七賀岬市は、比較的温暖な気候だと言える。夏は酷(ひど)く暑いかわりに冬が暖かく、滅多に雪が降ることはない。
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