ヴァーミリオン・ゲート

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確かに、ほんの少しだった。 間も無く見えてきた踊り場のような平場。 そこから左に細い脇道があって、奥へ行くとやがて一軒の建物が現れた。 家…という表現が正しいのかは分からないが、それくらい質素な木造平屋建。 背景の森に埋もれるような外壁や屋根は色褪せた木の色。 そして、入り口と思しき扉とその枠だけは、辛うじて朱色の塗装が残っていた。 周辺の環境、鳥居に合わせた色だろうか。 「ゴメンね、荒屋だけど」 傍の男性ーーー歩きながら聞いた名前はカドワキさんと言ったーーーが、苦笑いしながらドアノブに手を掛けた。 「どうぞ」 目の前に湯気の立つティーカップが置かれた。 軽く頭を下げ、両の掌で包み込むとじわじわと体に熱が伝わって行く。 人心地がついたところで、改めて店全体を見回した。 ぱっと見、掘っ建て小屋のような建物のその内は、驚くべきことに小さな喫茶店になっていた。 カウンター3席、テーブル3卓の、こじんまりとした空間。 けれども、清潔感のある白基調の内装と、アースカラーとグリーンをアクセントにしたシンプルな家具やファブリックのお陰で、ものすごく居心地がいい。 メニューらしき布貼りの表紙の冊子には、店名だろうか、掠れて消えそうな文字で、こう記してあった。 ーVermilion gateー 朱い門… 意味、そのまんまだな… 「よかったよ、たまたま通りがかって」 店主のセンスがいいのか悪いのか分からないシンプルな趣味について、ぼーっと思いを馳せていると、ふいにカドワキさんの声が奥のカウンターから飛んできた。 「あの鳥居、下で二手に分かれてたでしょ? もし右に行っていたら、僕はキミに気がつかなかったかもしれない。 鳥居の列には隙間があるから、もちろん見ようと思えば見えなくもないけど、これが意外と歩いてる最中は気が付かなくてね」 だまって頷き、一口お茶を飲んだ。 美味しい… 湯気越しに、カウンターの向こうで黙って作業をしている店主をちらりと見た。 さっき外で初めて見たとき、まるで背景が透けてしまうのでは、と思われた白い肌。 サラリと額に掛かる髪は明るいのに染めた様には見えなくて、人間離れした美しさの漂う顔立ちに、さらに不思議な雰囲気を添えていた。 けれども、纏う空気は落ち着いていて。 そんな人が、何故こんな所で喫茶店を営んでいるんだろう。
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