63

1/6
283人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ

63

 東京・上野公園裏にタツオの母・比佐乃(ひさの)は古い日乃元(ひのもと)風の住まいを借りていた。人が通り過ぎるのがやっとの路地には鉢植(はちう)えが競うようにならび、野良猫(のらねこ)がのんびりと昼寝する下町の住宅街だった。あたりには何代も同じ土地に住む職人や手堅い勤め人の家庭が多かった。  タツオは山の手にあった逆島(さかしま)家の豪邸育ちだったので、上野桜木(さくらぎ)の借家にはいつ訪ねても違和感があった。母の比佐乃は進駐官の民間研修先である一般企業で、父・靖雄(やすお)と出会っている。軍閥や政治家や軍需企業とはまったく無縁の会社員の娘だった。結婚には猛烈に反対されたらしい。逆島家の政治力を高めるうえでは、無力な縁組みだったからだ。比佐乃はタツオとは逆に、庶民のちいさな一軒家のほうが心安く、住みやすいという。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!