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俺はもう疲労困憊だった。一生分歩いたんじゃないだろうか?そんな錯覚を覚えるほど長く続く道に、心底嫌気が差していた。
だが後一つ。ここまでの試練は全て色付きの水を得た。後一つ試練を乗り越えれば、死後の安息が保証される。その希望だけで体を無理矢理動かしていた。
更に歩み続けると、再び一つの灯りを目にする事となった。
「これはこれは、狸吉様。お会いできて嬉しく思います。」
6歳ぐらいの少年…いや少女か?性別も判断出来ない程幼いその子供は、両手を広げて俺を歓迎した。
「次は何だ?早くしろ。もううんざりしているんだ。」
「ご自重ください。あなたに課せられた神聖な試練ですよ。ここは遁走地獄。悪戯好きの天使から逃げ切れれば、水を与えられます。むむ、早速来ましたよ。」
後ろを振り返ると、絵に書いた様な羽の生えた裸の赤ん坊が笑いながら飛んで来るのが見えた。
「逃げましょう。あの天使が持つ弓矢で射抜かれれば、死より辛い苦痛が待っています。」そう言うと子供は走り出した。
俺もそれに釣られ、クタクタになった体に鞭を打つように走り出した。
「キャはははははは!」天使の笑い声が直ぐ後ろから聞こえた。
「狸吉様!直ぐ後ろに!」
その瞬間、俺の左足は何かで貫かれた。
「ぐわぁぁぁぁ!!」左足に激痛が走り、俺は転がる様に倒れ込んだ。
天使は俺の目の前に近づくと、弓を投げ捨て、矢を片手で構えると、そのまま俺の顔を突き刺そうとした。
俺は咄嗟に懐に忍ばせていた脇差しを抜いた。
「狸吉様!ご自重ください!」
その呼び掛けと同時に、脇差しを天使の喉元に突き刺した。すると天使はそのまま地面に叩き付けられ、虫の様に体をピクピクさせていた。
「何て事を…天使は天国の使いですよ?それを殺してしまうなんて。今あなたの天国への道は閉ざされました。」
「それを見た者は?誰が証明する?」
「もちろん私です。」
「そうか。」俺は子供の心臓を目掛けて脇差しを突き刺した。
「自重しろよ、ガキ。」
しばらく歩いた所に設置されていた蛇口を捻り、黒い水をグラスに注いだ。
そして、目の前には試練の終わりを告げる審判の間と書かれたドアがあった。
左足を引き摺りながら、倒れ込む様にドアを押し開けた。
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