銀の紡ぎ手

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 ――刺すような冷気。煌々と燃える街灯の下で蹲る、痩せ細った少年。夜半の曇天は月も星も食いつくし、ついでと言わんばかりに彼の灯火をも吹き消さんとする。  自らの命が消えるであろうことを、その刹那を、少年は胡乱な意識の中で認識していた。雑巾のような衣服と三日も食事を摂っていないこの身体、そして肌を刺す痛みを和らげる壁さえない状況。どう考えたところで、明日まで生きながらえる可能性はないに等しい。  だが、それでもいいと思った。彼は生き続けることに疲弊していた。楽になりたかった。  強烈な眠気に襲われ、霞がかった眼に白い天使の姿が映る。少年は時が来たのだと悟った。そして薄く笑い、二度と目覚めぬ眠りへとついた――。  ――どこか遠くで、何かが爆ぜる音がする。果てしない闇の向こうで、何かが爆ぜている。そこまで認識して、少年は自らが地獄に落ちたのだと思った。  だが次に、ふと違和感を覚えた。自分の肢体を――そもそも死して肢体を認識するのも変な気がしたのだが――包む、何か重いものがある。  何かおかしい。彼は閉じていた瞼をうっすらと開けた。途端に眼を襲う強い光に、一瞬言葉が漏れた。 「……あっ!起きましたわ」  再び閉じた視界の向こうから、聞き覚えのない声が聞こえた。意を決し再び眼を開けると、そこには。 「良かったですわ。雪の舞う中、あのような所に倒れていたものですから」  蒼い瞳に眩い金色の髪を持つ、天使と見紛うほどの美しい少女がいた。その言葉遣い、気品、容姿、どれをとっても少年とは縁のない世界の存在である。 「……あ」  どうやら生きているらしいことを認め、少年は言葉を発そうとして、失敗した。三日の絶食と極度の衰弱で、少年は声を奪われていた。辛うじて漏れた音は、言葉としての体をなしていなかった。 「大丈夫ですわ。極度の衰弱で喋ることも今は難しいそうですが、もう少ししたらお食事を用意いたしますから、それまでゆっくり休んでいてください」  そこまで言われて、少年は初めて自らが一命を取り留めたことに気が付いた。微睡みの中で見ている夢か、死後の世界だと思っていたのだ。  ほんの少しだけ上体を起こすと、暖かな布団に包まれていた。少女が腰かける椅子の向こうには、優しい光と温かさを齎す暖炉もある。 (そっか、生き延びたのか……)  複雑な思いが、去来した。
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