グラスとゴキブリと朝。

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 ……グラスの中でゴキブリが死んでいた。秋晴れの日曜日の、爽やかな朝。  肌寒さに目を覚まし、喉の渇きを覚え、水分を補給しようと重い体に鞭を打ち、ベッドから降りた。冷蔵庫から炭酸水の瓶を取り出し、それをグラスに注ごうとしたら死んだゴキブリがいたのだ。  背の高いシャンパングラス、その壁面にもたれ掛かるように黒い物体はいた。何かの拍子にグラスに落ちたのだろう。飛んでる途中で失速して落下したのか、天井を這っていて落下したのかは分からない。仰向けにして死んでいたから、這い上がろうとしては落ち、這い上がろうとしては落ち、を繰り返し、ついに力尽きて意識をなくした……そんなところだろう。  キッチンのカウンターの上、グラスの中で朝日を浴びるゴキブリ。黒い腹と黒い脚は光を反射して磨かれた鋼鉄のごとく輝いている。粘着性シートの罠に掛かって息絶えるゴキブリや、ホウ酸入りの団子を食べて死んだあと仲間の餌として食い荒らされていくゴキブリと比べたら格段に綺麗な死に方だ。都会の、洒落たバーカウンターに置かれたディスプレイのグラス、その中でダウンライトを浴びてきらりと光るコイン、それを彷彿とさせるではないか……。
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