第1章

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それは幼い少年の目に焼き付き、その光景は心に深く刻み込まれた。 「母さん!!」 血溜まりに横たわる、少年の母親。 貧しい人々が身を寄せ合って暮らすスラム街。その通りに、女は倒れていた。 誰もが恐怖に怯え、近付くことすらままならないその状況で、唯一少年は駆け寄った。 「母さん、母さん!!」 手を握り、必死に呼びかける。 「……おかえり」 うっすらと目を開けて、少年を見る。瞳に光は無く、命の火がもうじき消えゆくことを、その場の誰もが理解していた。その場の誰もが信じたくなかった。 彼女は、スラム街の母と言っても過言ではないほどに、信頼され、愛されていた。どんなに貧しくとも、明るく気丈で、まるで太陽のような人であった。 太陽が光を失ってゆく光景を、誰が直視できようか。 「いるんだろう? ……見えないなぁ、もう夜なのかい?」 光を失ってなお、彼女は母として少年に声をかける。 「母さん!! いや……嫌だ! 死なないで、母さん!!」 少年は、たまらず母を抱きしめる。刺されたのであろう腹部から血液が溢れ、少年を赤く染める。 「馬鹿だね……あたしが死ぬわけ、ないだろうが……」 「ははは」と力なく笑う太陽の母はあまりにも痛々しく、周りからも嗚咽が聞こえ、涙がスラムの大地を濡らした。 「しっかり、生きる……んだよ……」 少年は何度も、何度も頷いた。嗚咽を堪え、涙を必死にせき止め、母の最後を看取る。 「……あんた、来てくれたの」 彼女は虚空を見つめ、何者かの幻想を見る。 「悪いね……先に逝ってるよ……」 母の手から力が抜け、命が消えた。 堰を切ったように、涙が溢れた。 「うわああぁぁぁッ!!」 太陽の死を嘆くように、大粒の大雨が降り注いだ。 ―――少年は、復讐を誓った。
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