サクラ さくら

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私はクニオが用意してくれたホテルのバルコニーで月明かりの中、一冊の本を開いていました。 『サン・テグジュペリ』の『星の王子様』・・・。 本の後半は千切れて逸脱し、ボロボロになった本・・・。 当時翻訳本は出ていませんでしたが、鹵獲品の中にあった英文の洋書を司令部の部員さんから頂いたもので、あの島にいた時に赴任して来たばかりの少尉さんに差し上げたものです。 私より年下の少尉さんは本科ではなく、専科出身で出征される直前に結婚されたとの事でした。 本がお好きでしたが、持って来た本は読んでしまわれたと言うので、英文ですがと言ってお貸しした物です。   翌日、私はクニオ達と一緒に・・・そう、約40年ぶりに島に渡りました。 アメリカの砲撃や爆撃で島の形が変わったと聞いていましたが、島は復興し、私の知るのどかな暮らしに戻っておりました。   「センセイ ココ。」   クニオの案内で私が歩を進めたのは・・・かつての学校があった丘の中腹に構築された洞窟陣地でした・・・。 入口は黒く焼け焦げ、アメリカ軍の火炎放射器で攻撃された跡がはっきりと残っておりました。   洞窟の中で、クニオが懐中電灯の灯りを壁に向かって照らした時・・・私は絶句して・・・顔を両手で覆って知らず知らずの内に涙を流しておりました・・・。
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