僕。

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彼女には僕の居る場所がわかっていないかもしれないけれど、それでも僕が居ると言ってくれたことが嬉しくて、僕はあちこちを見渡して、それを発見した。それはYの形で、両方の先端にゴムがくくりつけられていて、ゴムの中心にある部分に玉を挟んで遊ぶ、パチンコという玩具だった。 なんでか、僕はそれに強く惹きつけられてとっさにそれを拾い上げて、玉を挟んで適当な場所に投げた。ゴムの伸びが足りなかったのか、玉はひょろひょろとしか飛ばなかったけれど、母が驚き、そしてそら見たことかと言わんばかりに両手を叩いた。夫は気味の悪そうな顔をして、もう勝手にしろと言って部屋を出て行く。 それから母と僕の時間が始まった。 母の手拍子に合わせて、僕はポンポンと楽器を鳴らして、お手製の的に向かってパチンコの玉を飛ばす。絵本を母が読み、僕は聞き、母の子守歌で眠りに落ちる。 幸せだった。本当に幸せだったのに、 母の腹はいつまでたってもそのままだった。大きく膨らんだお腹に母が手を当てて言う。 「もうすぐ、弟が産まれるのかしらね。そうすれば貴方はお兄さんになるのかしら。仲良くするのよ?」 と、 僕の中で、どす黒い何かがあふれ出した。弟? おとうと? オトウトーー!? 許せなかった。だって母は僕だけの人なんだか僕は、いっぱいある玩具をがむしゃらにまき散らし、絵本を破った。母が驚いた声を出すが気にかけることはできない。 弟? 弟なんて、いらないっ!! 僕だけ居ればそれでいいんだ!! 折れた玩具の破片が、空中を舞う。母が顔を真っ青にするが構うものか。その腹に目がいく。そこには弟が居るんだな。そこにいるんだな!! 鋭い破片が母の腹に突き立てた。真っ赤な鮮血が飛び散る。母が悲鳴を上げて逃げ惑うが、大きな腹では満足に動けない。大きく膨らんだ腹を抱えて背中を丸めてしまう。 まるで、何かを守るように。誰かから守るように、僕はそんな母にどす黒い感情が溢れ出してくる。 弟がいいんだな。僕なんていらないんだなと思うともう、そこには居られない気がしてそのまま抜け出した。そこらにある物を撒き散らして、逃げ出した。 それから母がどうなったかはわからない。僕は数年の月日を過ごすうちに二十歳くらいの青年の姿を手に入れていた。
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