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富士丸を家から出してはいけない――。
外でなにをしてくるかわからない。壊されて帰ってきたとき、誰かが悪意を持って富士丸に危害を加えたのだと思ったのだが、もしかしたらそうではないのかもしれない。
可愛いだけの存在だった富士丸が得体の知れない不気味な怪物になっていくようだった。
手に負えなくなってしまったら――その懸念はあっさり現実のものとなった。
母が気づいたときには、富士丸は家からいなくなっていた。幸子は学校へ行っているし、どうしても目の届かないときがある。
学校から帰宅した幸子と富士丸の帰りを待っていると、サッシのガラスを叩く音。帰ってきたらしい。
開けてやると、またなにかをくわえている。
「きゃあああ!」
絶叫のような娘の悲鳴に驚いて、母も富士丸を凝視した。
人間の指だった。つくりものとは思えなかった。
母は腰を抜かした。
富士丸だけが平然と部屋を横切り、いつもようにコンセントへとりついた。もって帰ってきた〝獲物〟を飼い主に見せたら、もう関心がないようで、床に放り出してしまっている。
「おかあさん、どうしよう、これ?」
幸子は床に転がる指の処置に困った。
「もう富士丸を壊すしかないわ」
母の声は震えていた。
「ええっ、でも……」
幸子はためらった。もともと拾ってきたのは自分なのだ。家族のなかで、一番思い入れがつよかった。
「これ以上放置していたら、わたしたちが襲われるかもしれないじゃないの」
ヒステリックに叫ぶ母。なにを考えているかわからないペットロボットに対する恐怖。
充電中の富士丸は、無表情で何事もないかのよう。
「幸子、あんたのバットをもっておいで」
「でも、おかあさん」
「はやく!」
気圧されて、幸子は二階の自分の部屋へ急いだ。高校ではソフトボール部に所属している幸子は金属バットをもっていた。これで殴って壊すのかと思うと胸がいたんだ。
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