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片付けが終わると、モララーは名残惜しみながらもアトリエを後にした。既に陽は落ちていて、時折吹き付ける冷たい風に身を固くする。
薄闇に溶ける白い息を吐きながら、考えているのは「彼女」のことだった。
次はどんな彼女を描こうか。
そう考えているだけで足取りが軽くなる。
今のモララーにとって、彼女の存在はとても大きなものになっていた。
愛しい。
そんな言葉が胸に馴染む。
あくまでも恋慕ではない。
もっとシンプルな、人が芸術を愛するのに似た気持ちだとモララーは思う。
口元に小さな笑みを浮かべていたモララーは、突然、歩く足を止めた。
10メートルほど先の角を、一人の女性が曲がっていった。
もっとも、それだけのことならばモララーも息を飲んだりはしなかっただろう。
一瞬だけ見えたその女性は、栗色のロングヘアーだった。
そう、モララーが描いた「彼女」のように。
心臓がバクバクと激しく脈打つ。先程までの寒さを忘れるくらい、体温が上がるのを感じる。
モララーはシャツの胸の辺りを強く握りしめた。
栗色のロングヘアーの女性なんて、世の中には山ほどいる。
頭ではそう理解しているものの、モララーはしばらくその場から動けずにいた。
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