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蝶が花の蜜を吸い終えたように、彼女が僕から離れたのもあっという間だった。
「……。……あの、えっと。何を」
僕は口の中に残された砂糖菓子の甘さに動揺したまま、オペラグラスで顔を半分隠す。
「人工呼吸です」
彼女はニッコリ笑って答えたまでだった。
最近邪魔だと言っていた、肩まで伸びた黒い髪は埃っぽい風にさらわれて、幼い笑みがさらされる。
気がつけばここは公園で、シロツメクサの小さな野原に、僕と彼女は二人きりで立っていた。
満足げに笑う等身大の彼女が、そこにいた。
「よかったですね。これであなたの明日は保証されました。あなたは明日を生きられます。んふふっ」
「……どこでそんなこと覚えてくるの」
「絵本でお姫様がそうされてたよ。どう? オペラグラスは。これで何か見えた?」
呆れて訊くも、ずいっと顔を寄せてくる彼女に圧倒されながら、僕はうん……と考える。
「近すぎて、何も見えなかった……」
「それでいいんだよ」
彼女は僕からオペラグラスを取り上げて、レンズをのぞきこみながら、うんと頷いたのだった。
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