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うつむく彼に静かに語りかければ、ピクリと肩が動く。
「…あのね。和も知っているでしょう?蒼ちゃんの子供の頃の話……」
「…………………」
蒼ちゃんは、幼い頃から『独りぼっち』だった。
会社を経営している父親とデザイナーの母親は、いつも忙しくて家に居ないことが多かったから、彼は執事や家政婦さんたちに育てられたと言っても過言ではなかったと思う。
だけど。我が子のように可愛がってくれてはいても、所詮は他人。
蒼ちゃんは『お母さんの味』っていうのを知らずに育ってきている可能性が高いんだ。
和には普通の家庭の玉子焼きだけれど、蒼ちゃんにとって、それはシェフの味だったのだろう。
「『玉子焼きが甘すぎる』って言われたの?」
「……………ん…」
「『ウチの味じゃない』って?…」
「…………………グスッ…………」
「…和。……和の気持ちも分かるよ。……なんか……蒼ちゃんに否定された気がしたんでしょ?」
ポタポタポタ……和の瞳から落ちる水滴が、テーブルの上を濡らしていく。
ああ…。それはきっと、和が心を込めて用意した食事だったのだろうね…。
蒼ちゃんはそれが分っていたけれど、玉子焼きに関しては、和が作り出した『家庭の味』に戸惑ってしまったのだろう。
だって、彼は『一流のシェフ』の作り出す料理しか食べさせてもらえず……『家庭の味』を知らずに育ってきたのだから。
ワガママな意見かもしれないけれど、それは幸せなようでいて、実は幸せでは無いのかもしれない。
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