第一話~猫の尻尾~

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後ろ足を引いて帰ろうとすると腕を引かれた。 びっくりして立ち止まると、彼女は素早く入ってきた扉の前に移動した。 「まだ帰らないでよ後輩くん!謎が解けていないでしょ!」 扉の前に立ちはだかる彼女は、目の内に見える凛とした雰囲気のせいか、少しだけ大きく見えた。 「ほら、謎の答えを聞きたいでしょ」 そう言ってパタパタと猫のスリッパを鳴らしながら、俺の背中を押して白いシンプルな椅子に座らせた。 「お茶とコーヒーどっちがいい?」 「コーヒーをブラックで」 長居させるつもりなのだろうか。 キッチンのカウンターのとこにあるポットに冷蔵庫から出したミネラルウォーターを入れてお湯を沸かす。 「謎は二つだね。じゃあ、話しやすい話から話すね」 そう言うと粉末タイプのインスタントコーヒーと二つのコーヒーカップを入れる。 それぞれに沸いたお湯をカップに注いでいく。 「じゃあ、まずは身長のトリックだね」 そう言いながら、コーヒーにミルクと砂糖、更にシロップを入れてかき混ぜている。 それはコーヒーである必要はあるのだろうか?。 「デスクのとこに段差があって、低くなっていることはすぐ気が付いたね。でも、その後の変化だよね」 話しなれた様子で、順序良く説明している。彼女は一旦カップを口元に運ぶ。傾けては戻してを繰り返しながら少し飲み、舌を出してハフハフと息を吐いている。 猫舌のようだ。 「答えはこれだよ」 テーブルの上の器にピラミット型に重ねられた綺麗なビー玉の中から一つ取ると、床にぽとりと落とした。 すると、スーっとフローリングをまっすぐ転がって行くと、最後にはポトリとデスクの段差に落ちた。 「この緩やかな傾斜と周りの物のせいで、日本庭園のように奥のものが余計に小さく見えるようになっているんだよ」 「欠陥住宅じゃないですか?」 それはもう立て替えた方がいいのでは。 確かによく見ると奥に小さい物が置かれて、遠近法がおかしくなっている。 「大丈夫だよ。この建物の構造上こうなっているだけだから」 「今度は、なぜそうしたかという方が謎ですよ」 突っ込みどころの多さに疲れて、コーヒーを一口飲む。 意外なことに美味しい。 また謎が増えた。 「私はこの身長がコンプレックスでね。低く見られたいからこのように工夫しているんだよ」 そのために家の中を傾けるなんて、他に誰が思い付くのだろうか。
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