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その営業所の前に受付事務のおばさんが立っていた。
「あら、土井君」
「こんにちは。久しぶりの営業に来ました」
「遠くからご苦労様」
事務のおばさんは長丸に気づき驚いた。
「土井君、こんなに大きいお子さんをお持ちなの?」
「まさか…親戚の子を預かってしまって……この近くなので連れて来ました」
その事務のおばさんは疑り深い顔で土井を見た。
「そうなの?」
スキャンダル好きそうな顔をして何度も土井の顔を見た。
「今日は支店長いらっしゃいますか?」
土井は話を本筋に切り替えた。
「残念ね…居ないわよ」
「本当ですか……まいったな…」
土井は髪を掻いた。
その時、長丸が叫んだ。
「土井、おしっこ。もれちゃう」
「えっ!」
土井は事務のおばさんに顔を向けた。
「早くしなさい。お手洗いはこっちよ」
事務のおばさんは慌てて長丸を営業所のトイレに連れて行った。
土井も慌てて後を追って営業所に入ると出掛けようとしていた支店長と遭遇した。
「こんにちは」
土井は満面の笑顔で『ザ営業スマイル』を支店長に向けた。
支店長は土井の顔を見て慌てた。
こっそり出掛けるところだったらしい。
おばさん…ウソついてた…
「支店長、兼ねてからお伝えしておりました新作のドリンク剤をお持ち致しました。うちの所長が是非にと言っておりました」
土井は鞄からサンプル剤を受付カウンターに置いた。
「……土井君にここで会うとは思わなかったよ」
「突然ですみません」
支店長は観念したのか土井を応接室へ招いた。
……ヨッシャッ!
一件獲得っ!
土井は契約書類を支店長の前に差し出し、笑顔を向けてサインを貰う。
「また、宜しくお願い致します。何かありましたらすぐに参ります」
そこへ受付事務のおばさんと長丸が応接室へ入ってきた。
「ありがとうございました」
土井は事務のおばさんへ頭を下げた。
長丸は急いで土井の足にしがみついた。
支店長は驚いて土井を見た。
「土井君の子?」
「違います。親戚の子です。すみませんトイレをおかりして、ご迷惑お掛けしました…」
「それで…」
支店長は事務のおばさんに顔を向けた。
事務のおばさんもコクリと頷いた。
「僕、お名前は何て言うのかな?」
長丸は恥ずかしそうに小さい声で言った。
「長丸……」
その名前を聞いて支店長は笑い出した。
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