突然

12/16
前へ
/67ページ
次へ
「長丸…ここでその名前を聞くとご利益有りそうだな……」 「はい?」 「ここは静岡市葵区だよ。すぐ近くに駿府公園がある」 土井は意味が分からず愛想笑いをした。 「駿府城って知らない?」 「歴史に疎いんで分かりません」 土井はすまなそうに頭を下げた。 「家康が大御所になってから移った城だよ」 「はあ…」 「でね、長丸って言うのは…」 その時、応接室のドアをノックする音がした。 「支店長、銀行から至急のお電話ですが、お願いしてもよろしいでしょうか?」 事務の綺麗なお姉さんが応接室に入って来た。 「今、行きます。土井君、これで所長に宜しく頼みます」 それだけ言うと支店長は応接室を出て行った。 土井は契約書類を鞄に入れて事務のおばさんにお礼のサンプルサプリメントを渡した。 「コラーゲンたっぷりですからね」 土井は営業スマイルをおばさんに向けた。 「本当に土井君は可愛いわよね…」 可愛いって… 何だよ…… 土井は取りあえず愛想笑いをした。 「また、寄らせてもらいます」 営業所前で事務のおばさんに深々と頭を下げた。 土井と長丸は車に乗り込んだ。 「長丸っ!やったぞっ!」 土井は後部座席の長丸にVサインを見せた。 「ビクトリー」 長丸は叫んだ。 「英会話行ってるの?」 長丸はケラケラと笑った。 「長丸のご利益?」 土井は考えた。 長丸に会ってからご利益続きだ…… ……こいつは天使か? 後の2件も調子良く契約書類にサインを貰えた。 今までの営業不振はなんだったのか。 館山へ飛ばされなくても良かった筈だ。 営業成績が上がらなかったのは、会社から逃げる為、奴からも逃げる為の口実…… もしかして、長丸は俺の生活に喝を入れに来たんじゃないか? まさか…… そんな子供がどこにいる? 土井はひとりで大笑いをしてしまった。 午後6時、土井は徳永が予約していたホテルに到着した。 これで心置きなく長丸の親探しが出来る。 土井は長丸を連れてベルボーイが案内する部屋に向かった。 そこは11階の角部屋である。 ベルボーイがドアを開けて、広い空間に驚いた。 俺のアパートって……何? 徳永の自慢気な顔が浮かぶ。 あいつ……いつも使ってる部屋って言ってたよな… おぼっちゃまには勝てません。
/67ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加