偶然

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今は初夏、5月の連休明けである。 木曜日の昼過ぎのファミレスはひとが少ない。 徳永は少し暑いのか背広の上着を脱いで、座席の横にビジネス鞄と一緒に置いた。 土井はパーカーのポケットからタバコを取り出し火を点けて、置いてある水を一口飲んだ。 そして、ひとつ煙を吐いた。 徳永はネクタイを緩めて土井と目が合った。 「また、痩せましたね。タバコ…止めたらどうですか?」 土井は聞かないようにメニューを広げてタバコの煙を吐いた。 徳永は呆れて溜め息を漏らし、水のグラスを持ち背もたれに体を預けた。 その彼は土井より4歳上で出会った時からずっと敬語で会話をしていた。 年下の土井は徳永にタメ口をきく。 医者と患者だったこともあるが奇妙な感じである。 土井はメニューが決まり呼び出しボタンを押した。 ウエイトレスが傍に来ると徳永はメニューも見ずに注文をした。 「オムライスで…」 これが彼の定番メニューである。 土井にまたか!!と言う顔をされたが気にしない。 そんな土井もドリンクバーからコーラとカフェオレを持ってきた。 カフェオレは徳永の定番メニューだった。 3年も付き合っているといい加減覚えてしまった。 「すみません」 徳永が言った。 「さっきから謝ってばかりじゃな い」 「本当にひと月前はすみませんでした」 徳永はまた謝った。 「もう、いいよ。当分、会うこともないし……」 発端はひと月前の合コンから始まった。 徳永は見た目今時の若者らしく、年より若く見え手足は長く顔の作りもイケメンまでいかないが、そこそこ整っていた。 その上医者なのに何故かモテない。 土井は思い切って合コンの計画を立てた。 知り合いの20代前半の女子を数人誘った。 医者と合コンが出来ると触れ回り女子たちを見つけた。 彼女たちは喜んで参加してくれた。 徳永意外の土井たちは人数合わせに過ぎなかった。 そして、合コンの当日は最悪だった。 徳永に見事ドタキャンをくらったのである。 テーブルにメインがいないのだ。 女子は盛り上がる筈もなく、土井は帰宅後男女問わずにクレームの電話を嫌と言う程聞いた。 後日、徳永から電話があった。 『急患の呼び出しがあったので、すみません』 「いいよ。もう……」 土井は一言で電話を切った。 これがひと月前の顛末で、今更徳永を責めても仕方のない話である。
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