偶然

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アパートに着いて暫くすると、ドアを叩く音がした。 また、徳永が訪ねて来たのかと思い、暫く無視を続けた。 ドアを叩く音は止むことがなく鳴り続けた。 「しつこいぞ!」 土井はムッとしながらドアを開けた。 立っていると思った徳永は居なく、人の姿が見えなかった。 「何だ?誰も……」 土井は目線を下に移すと小さな男の子が立っていた。 男の子はにこりと笑った。 土井は天井を見上げて頭を掻いた。 もう一度視線を下に移した。 目の前に小さな男の子はいた。 「……僕は部屋を間違えたのかな?お母さんはどこ?」 「………?」 その男の子は首を傾げた。 「まさか、迷子?」 土井はハッとしてドアを閉めた。 警察沙汰はごめんだ。 今の鬱々した気分に、更に面倒な迷子は関わりたくない。 また、ドアを叩かれた。 あんな小さい子を見捨てたら人道的に失格者だ。 人間失格の四文字が今の土井を更に鬱にする。 俺は最低な人間になってしまう…… 土井はドアを開けた。 男の子は笑うと土井の脇をすり抜けて、勝手に靴を脱ぎ部屋へ上がり込んでしまった。 「えっ?こらっ、クソガキ。人の家へ勝手に入るなっ!」 土井の恫喝も聞かまま、男の子は台所をすり抜けベッドの上に座ってしまった。 「お母さんが心配するから警察に行こう?探してもらおうね」 土井は男の子を諭すように優しく言った。 「ここでいいの」 可愛い声でその男の子が初めて喋った。 「良くない!」 その男の子の手を握ると玄関まで連れていった。 すると、いきなりわぁーわぁーと大声で泣き出した。 泣くなっ! 泣きたいのはこっちだ! 土井は男の子を担ぎ上げて、交番に走り込んだ。 「迷子なんですけど。預かって下さい」 「迷子?」 男の子は土井の脚にしがみついていた。 「本当に迷子ですか?」 中年のお巡りさんは怪訝な顔で土井を見た。 「こんな大きな子供を持った覚えありませんから」 「そうですか?」 お巡りさんは厄介そうな顔をした。
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