偶然

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「中に入れて貰えませんか?」 ドアの隙間から困った顔の徳永が見えた。 「お前……泊まる気だな」 「ホテルは……」 「うちは旅館じゃありません」 土井はドアを閉めようとした。 徳永は左手をドアの隙間に入れた。 「ホテル代払いますから……泊めて下さい」 徳永に手を入れられてドアを閉められない。 「3時間もあれば東京に着くだろよ」 「そんなにかかりませんが……」 土井は舌打ちしながらドアを開けた。 「すみません、ご厄介になります」 「本当に厄介だ。2万円ね、一泊」 土井は徳永の前に右手を出した。 「ぼった……」 玄関へ入ると徳永の目線が長丸に釘付けになった。 「利さん……いつから子持ちに…?」 「2時間前くらいから」 「長丸、この大先生が寿司をご馳走してくれるぞ」 「あっ、それで2万円ですか?」 長丸はラーメンを啜りながら徳永を見た。 「この子……僕の事を睨んでませんか?」 「人相が悪いんじゃねぇか?」 土井はくすくすと笑った。 「土井、フウフウして」 長丸は初めて土井の名前を呼んだ。 「何だ?この野郎。生意気な口を聞きやがって……」 土井はそれでも長丸のラーメンをフウフウして味噌汁腕に新しく麺を入れた。 長丸は美味しそうにラーメンを啜った。 よく見ると長丸は目がクリクリして色白で女の子 のような顔だちだった。 ガキに好かれるのも悪くないと土井は思った。 徳永はベッドの脇に鞄を置き、背広の上着をハンガーに掛けて台所に現れた。 徳永は動く度に長丸に睨まれている気がした。 「小児科は向いてないかも……」 徳永は勝手に冷蔵庫を開けて牛乳を取り出し、勝手にカフェオレを作り出した。 「土井、あの者は誰?」 「内科のお医者さんだよ。長丸も風邪をひいたら医者にいくだろう。聴診器もってふんぞり返っている先生」 「ふうん」 「子供にふんぞり返ってって止めて下さい。印象が悪くなる」 徳永は鍋のカフェオレをカップに移して長丸の前に座った。 瞬間、睨まれた。 「お寿司を食べますか?」 徳永は長丸の機嫌を取ろうと話かけた。 ただ、長丸に無言で睨まれた。 「利さんはどうしますか?」 「お前は…?」 「昼の食事が……前にコンビニがあったから、みんなで買い物に行きますか?」 徳永は長丸に笑い掛けたが、とことん睨まれた。
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