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今でも時折疼く痛みに、岩をも砕く程の鋭さと強固さを誇る並んだ白い牙の合間からは地を揺るがす程の低い唸り声が漏れ出る。
それを己の聴覚で感じ取ってしまえば、過去を思い出してなるものかと緩やかに頭を振って長く細い息を吐き誤魔化して、ただただ青い空を見上げる為に長い首を持ち上げた。
炎のような紅色を宿した双眸は、本来持ち得る筈の鋭さは形を潜めていて淀んだ紅が光を曇らせていて。
青い空の端に厚い灰の雲に気付き、ああ、あのようだと思いながら長い首を地面の上に垂らした。
あの空を駆っていた筈なのに、気付けば途方もない終わりの無い思いを抱いたまま地を這っていて、これでは無様な下等種族と同意義だと、今日まで何度も己に向けてきた侮蔑の思いを今も己に向けて、紅を垂らした双眸に瞼の帳を下ろした。
何もかもを忘れて、今すらの現実にも目を背けてただただ眠りに落ちてしまいたいというのに、ささやかなその願いさえも過去は許してくれないらしく。
疼く痛みは再発しては、眠りに妨げを入れる。
「……解せませんね。どうしてこうまで引き摺らなければならないのか」
零れたのは、流暢な人の言葉。
この世界に生を続かせ蔓延っている、人間の言葉だった。
言葉を生み出し自在に操る人が何となし気に言葉を吐いたのなら別段驚く事でもないし当然のことだが、これに関しては当然のことの枠の中に納まらない。
何故なら“それ”は、人ではなく
竜
なのだから。
どこまでも広がっている空に下に広がる草原に身を伏せているのは、一匹の緑色の竜だった。
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