髪を献上した将

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カワードが向かった先である医療室には、つんとした様々な薬品の匂いが嗅覚を刺激してきて、主に戦場に立つことの多いカワードからしたら何度嗅いでも慣れない臭い。 扉を開けて医療室に入ったカワードは顔を顰めながら扉を閉めると、簡易ベッドが左右にずらっと並んだ縦長の室内を見回すと、見つけた。 探していた姿を、見つけた。 「どうだ? 容体は」 「もう使い物にはなりませんね。残念ながら。骨がどうしようもない程に砕けてしまっています。しかし……竜に遭遇しながらもこれだけで済んだのは、幸いですよ」 周りの者達に指示を下しながらも手はてきぱきと動かしベッドに横たわっている兵士の腕に包帯を巻きつけている医者は、ちらりと一度だけ目をカワードに向けるとそう答えた。 竜と遭遇してしまえば命があるだけ幸いで。 これだけでもありがたいと思わなければいけませんと、次の兵士の方に体を向けた。 生き残った兵士の内の一人は腕を砕かれもう使い物と化され、絶え間ない痛みの波に顔を歪めながらも意識は確かに保っているようで、カワードは椅子を引き寄せるとベッドの傍らに腰を下ろす。 「痛むか?」 「は、い……。ですがこうやって生きているだけでも……奇跡ですっ」 溢れ出したのは、涙。 年若い兵士の双眸からはぼろぼろと大粒の涙が溢れ出してき、血が固まりこびり付いてしまった頬をあっという間に濡らしていく。 「仲間はっ……残念ですが。でも俺は……生きているっ」 兵士からしたら仲間を目の前で失ったのは相当なショックだったのだろう。 あの場面を思い出しては恐怖に顔を強張らせ体を小刻みに震えさせ、しかし恐怖に直面したからこそ、今生きているという実感を痛い程に痛感できる。 生きている、ということが、どんなに嬉しい事なのか、を。
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