髪を献上した将

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カワードは今までそうやって生き残ってきた。 今の地位まで登ってきた。 己を作り上げているのがその日々だと思うと、正義感と綺麗事だけでは世の中上手く回れないを思っており、正義感と綺麗事に染まっている人種が苦手だった。 突如竜が現れては遭遇してしまったあの場面で生き残る為に足掻いたが為に体に深手を負ってしまっている目の前の兵士。 しかしカワードは知っていた。 怪我の原因が、二番目に足を向けた兵士を助けた、というのを。 竜の尾の一振りを避けきれずに体に受け止めてしまったあの兵士は既に瀕死だっただろう。 しかし微かに息をしているのを気付いた兵士は懸命に励ましの言葉をかけると、動けない兵士を背負ってあの場から必死に離れたのだ。 離れる間に他の兵士も助けようと手を差し伸べている姿を逃げる合間に視界の端で見ていたカワード。 助かりもしない奴を助けようとして、助けても人として生きていけるか分からないというのに必死になって助けずに、さっさと己の命だけの為に逃げ出せば今程の怪我を負わずに済んだだろうというのに、正義感溢れる性格は難儀なものだ。 兵士に対してそう思ったカワードは、今だ己を睨みつけている双眸を怯まずに受け止め返すと、静かに言葉を吐いた。 「綺麗事だけでは事は進まないのだ」 と。 それを聞いた兵士がどんな顔をしたのかは、知らない。 言葉を吐き終えると同時に背中を向けてしまったから、兵士がどんな顔をしたのかは確認しなかった。 しかしわざわざ表情を確認する程兵士の事を好んではいないし、さっさとこの場を去りたかったカワード。 己の吐いた嘘が偽りになるとは思っていないし、それを暴く者はいないだろうと思うと、怪我人の並ぶ空間を後にしたのだった。
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