-1- 慎一郎 十三歳

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 性への扉を開くきっかけとなった父母の情事を目撃した庭先も、 手入れに人が入ってくる。 家の営繕も、 いつの間にやら手配が済んでいる。 家を持ち、 暮らしていくのは、 いろいろと大変なものだ。 小人がひとりでにやってきて、 片付けてくれる筈もない。 こちらは父が手配してくれていた。  母の死後、 尾上の家へ来るよう、 一旦は勧めた父だったが、 それは慎一郎が拒んだ。 愛着のある母の姓を手放す気にはなれなかったし、 彼が尾上家に名を連ねることは母の望みとは別なところにある気がしたからだ。  一見すると、 当代流行のサルトルとボーボワールのようなふたり、 でも、 父の正妻として生きたかったのではないか? 母を差し置いて母の姓を捨てることはできない。 親子の縁が切れるわけでもないし、 今のままでかまわないという息子の意見を父は尊重した。    子供の頃のように頻繁には訪れなくなったが、 線香を上げると称してやって来る父と過ごす時は楽しかった。 お互い、 好きだった女の話は尽きなかったからだ。
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