- 慎一郎 二十九歳 #3

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 この時、 かかっていたのは、 ワーグナーのタンホイザー。  絢爛たる音の厚みが天に昇っていくかのような、 高揚感ある曲を、 仁は聴き入っている。 「天国の曲みたいだ」  何事、 と顔を出したシンプソン夫人に聞かせるつもりはなかったのだろうが、 両手の平を上に高く掲げながら仁は英語で呟いた。 「母ちゃんの入る天国でも流れているかな」  大人たちはかける声を失い、 立ち尽くす。  仁は上を見上げ、 声を立てずに泣いていた。  泣く場所が欲しかったのだ、 この少年は。
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