- 慎一郎 二十九歳 #4

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 沈黙が続く。 カップに手を伸ばし、 飲み物を口にする音以外は。  口下手ではないが、 口数は多くない慎一郎も、 会話が途切れるのは苦手だ。 気まずいからだ。 けれど、 彼女を前にしての沈黙は悪くないと思った。  殊更会話を繋ぐようなことはせず、 黙ったままの場を、 秋良が開く。 「私、 聞いていたんです」 「何を」 「あの時、 慎一郎兄さんが帰国してすぐ、 研究室の前で、 女の人と話しているのを」 「研究室……」  言い掛けて慎一郎は口をつぐむ。    小さな宴会が開かれた、 あの日の事だ。  こくんと、 と頷いて、 秋良は続けた。 「私、 帰る途中で落とし物に気づいて。 もしかしたら研究室に忘れたのかも、 って引き返したんです。 中へ入ろうとしたら、 慎一郎兄さん、 女の人と話してる声がして、 さっきの人だ、 って気付いたから、 入ってはいけないのかと。 ――恋人なのかなと。 帰らなきゃ、 と」
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