- 慎一郎 二十九歳 #4

1/35
32人が本棚に入れています
本棚に追加
/35ページ

- 慎一郎 二十九歳 #4

 掃除をしながら、 家具や書籍の持ち込みについてあれこれ考えていた最中、 ドアをノックする者がいる。 「どうぞ」  今日は来客の予定が多々ある。 何も考えずにかけた声の先には、 一人の女性がいた。  斜に構えてこちらを見ている彼女は、 「久し振り、 尾上君」と言う。  慎一郎は反射的に会釈を返すが、 一瞬、 誰だ? と思った。 そして、 あまり思い出したくない人物の名前を想起する。 「相変わらず、 人の顔と名前がすぐ出てこないのね」 「……三浦君か」  彼女は、 英国へ同行し、 途中帰国した者の一人だった。 大学生時代では授業を同じくし、 恋人の真似事もしていた。 終わった関係と認識している彼は、 彼女の存在もすっかり切り捨てていた。 面倒事を避ける気はなかったが、 困ったように肩をひそめる。 この時の顔と仕草が、 三浦だけでなく女性全般に魅力的に映ることを、 慎一郎は知らない。
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!