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- 慎一郎 二十九歳 #4
掃除をしながら、
家具や書籍の持ち込みについてあれこれ考えていた最中、
ドアをノックする者がいる。
「どうぞ」
今日は来客の予定が多々ある。
何も考えずにかけた声の先には、
一人の女性がいた。
斜に構えてこちらを見ている彼女は、
「久し振り、
尾上君」と言う。
慎一郎は反射的に会釈を返すが、
一瞬、
誰だ? と思った。
そして、
あまり思い出したくない人物の名前を想起する。
「相変わらず、
人の顔と名前がすぐ出てこないのね」
「……三浦君か」
彼女は、
英国へ同行し、
途中帰国した者の一人だった。
大学生時代では授業を同じくし、
恋人の真似事もしていた。
終わった関係と認識している彼は、
彼女の存在もすっかり切り捨てていた。
面倒事を避ける気はなかったが、
困ったように肩をひそめる。
この時の顔と仕草が、
三浦だけでなく女性全般に魅力的に映ることを、
慎一郎は知らない。
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