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- 慎一郎 二十九歳 #5
「私、
思い出したの、
あの日の事。
覚えている? 慎一郎兄さん」
いつもは真っ直ぐに目を見据えて話す秋良の、
瞼は下を向いたまま、
まつげが二度三度、
まばたきをする。
「わたしはもう十八、
来月からは大学生よ、
もう、
大人でしょ? 今の私なら、
慎一郎兄さんの相手ができるわよね? あの時は、
まだ小さい子供だったから――無理だったけど」
「秋良君、
止めなさい」
「何故? 止めない。
だって、
私も慎一郎兄さんが帰ってくるの、
待っていたんだもの。
私の方が先に好きになったのに、
他の人に渡さない」
秋良はやにわに立ち上がり、
襖を開けて縁側へ駆け出した。
向かう先は、
父の書斎だ。
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