ラストディナー

#1

　他人の考えることっていうのは本当によくわからない。まして世間に名の知れた、言ってみれば常人とは一線を画すような人間の考えなんてわかる筈が無い。
　今回の死者も、世間に名の知れた“あちら側”の人間だった。
　雨の降る夜、俺達は都内のビルに向かっていた。当然遊び目的ではない。死者が出たのだ。飛び降りだったそうだ。
「被害者は小西輝幸。有名なシェフだ」
「へぇ、知らねぇなぁ」
「ひと昔前までは人気だったんだ。テレビ番組にも出たりしてな。ほら、覚えてないか？　言っちゃ悪いけどちょっとネクラで、そのくせこだわりが強いシェフ」
　同僚の坂口に言われてもまだ思いつかない。観る番組が偏っているためだ。
　彼の話によると、小西輝幸は数年前まで自身のレストランを経営していた人気シェフで、テレビ番組にも多数出演していたそうだ。しかし２年前に店を閉めてしまったらしい。というのも、人気絶頂期に食中毒事件が起きてしまい、衛生管理の問題が週刊誌や新聞で取り上げられてしまったのだ。料亭側はすぐに食中毒を認めて謝罪、対応したのだが、１度名誉にこびりついた汚れはそう簡単には拭えない。客は日に日に減少し、最終的に小西は店をたたむことを決意、その後は雇われシェフとして金持ちの家に何度か通っていたそうだ。全く、わからないことだらけである。