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古墳のような小山を半周する道路に沿って二十軒あまりの商店が軒をつらねる月野町商店街は、日本のどこの田舎にもありそうなありふれたごく普通の小さな商店街だった。
商店街を中心に広がる田畑に囲まれた町の人々が主な客で、その中だけで経済が回っているような、そんな山あいののどかな里は、八月の熱い太陽の下でセミの鳴き声が響いていた。
鳥野薬局は、月野町商店街に昔からある店舗のひとつで、先祖代々一家で守ってきた店だった。もともとは漢方薬店だったが、今は製薬会社の製造する売薬も扱って、普通の薬局が漢方薬も処方するという店になっていた。
現在の主人である鳥野勇樹(とりの ゆうき)は四十四歳。先代の父親が一昨年に他界したあと、妻と二人で店を支えていた。子供は二人いたが、娘は中学二年、息子は小学五年で、まだ二人とも店の手伝いができるような年ではなかった。
田舎の夜は早い。日の長い夏場、まだ十分に明るく、いつ日が沈むのかと思える陽気であっても、時計の針が七時を回ろうとする頃にはどの店も戸をしめてしまう。
鳥野勇樹も早々に玄関のガラス戸に鍵をかけ、深緑色のカーテンをひいた。そして、今夜は集会があったな、なとどひとりごちて店の奥へと入っていった。
自宅兼店舗なので、店の奥へ一歩入ればそこは生活スペースである。靴を脱ぐ小さなたたきがあり、四畳半の座敷。窓のないその和室の右手側の障子をあけると廊下になっており、窓から西陽が差し込んでいた。そこまで来るとやっと漢方薬独特の生薬の匂いから解放される。代わりに晩ごはんの匂いがかすかに鼻に届いた。今夜はカボチャの煮物か、と思い、質素なおかずも仕方ないかと納得した。この店の上がりだけで生活していくわけであるからやむを得ず、今日の夕飯後の集会でまた肉が配られるわけだし、そうなればしばらくは豪華なメニューにありつける。
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