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洗面所で念入りに手を洗いダイニングキッチンに入ると、子供たちはもうテーブルについていた。勇樹がいつもの席につくと、
「ねえ、お父さん、月神獣ってなにを食べるの?」
息子の航聖が訊いてきた。今日は一日中外に出ていた。男の子らしく元気がいいのはけっこうなことだが、この季節は気をつけないと日射病や脱水症状などになりやすい。そんな親の心配なんか気にもせず夏休みを遊びたおしてるんだろうなと勇樹は思いつつ、
「魔草だな。月読山の頂上にある祠から出てくる月神獣に種がくっついてくるんだろうな。その周辺に生えているよ。月神獣はそれを食べる、といわれてる」
鳥野勇樹は漢方薬の材料として魔草を集めていた。それらの知識は先代から受け継がれていた。ただ、材料として多くは集められないから、それで作った漢方薬も量が知れているので、大々的に売り出すというわけにはいかず、この商店街でなじみの客にだけこっそり売っている程度だった。とても大きな利益を上げる商品にはなり得なかった。
それに、月神獣のことは秘密なのである。この商店街の人々、月神人だけが知る存在なのだ。もちろん、魔草のことも……。
「ふうん、どんなの?」
航聖はさらにつっこんで訊いた。
唐突な質問だったが、父親の勇樹は、男の子によくある脈略のない思考には慣れていた。全然自分とは関係のない話をすることがよくあったから、とくにそんな質問をすることに疑問ももたず、
「そうだな……毒々しいピンク色をしているから、すぐにわかるさ。中には花の咲くものもあるけど、花は緑色なんだな……」
「それならすぐに区別がつくね」
「まあな。航聖も大人になったら、魔草取りを手伝っておくれよ」
「うん。わかった」
いつにもまして明るく返事する息子の態度を、勇樹はとくに気にしなかった。
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