8月…月読山(つくよみやま)

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 原色の季節は始まったばかりだ。  宿題に頭を悩ませるのには少々気が早く、子供たちにはまだ無限の時間が残されていた。子供はいつでも好奇心とエネルギーのかたまりだし、夏休みの開放感と少しの退屈はかれらの冒険心をかきたててくれる……。  山道をふたりの少年がのぼっていた。道というよりも、動物か人が草を踏みしめた痕跡、所により急な斜面といったほうが正しいのかもしれない。ときおり高く生い茂った雑草が視界をさえぎり方向感覚を失わせる。  鳥野航聖(とりのこうせい)はすこしずつ膨れあがってくる不安をまぎらわすように口笛を吹いた。今までの航聖にとってここは足を踏み入れることを考えることさえできないような秘境だった。いや、本当は今の航聖にとってもそうだが、前を歩く野浦銀次郎(のうらぎんじろう)の存在が彼にぎりぎりの勇気を与えていた。  野暮なことを言ってしまうと実際には秘境でもなんでもない、月野町商店街の裏側にある小山(一応、月読山(つくよみやま)という名がついているが歩いて頂上に至るに一時間も要しない)にすぎないのだが、子供特有の感受性と、航聖がこの場所の意味をそれとなく知っているせいもあって、そこには人を寄せ付けない「気」のようなものが漲っていたように感じられた。  セミの声と日差しが容赦なく降り注いでいた。  草と土の匂いは管理された緑地のような心地いいものではなく、その生々しさには、少年たちに対する悪意が潜むような、そんな思いを抱かせる力をもっていた。その特有の本能に訴える迷信じみた恐怖心は山頂に近づくにつれて増していき航聖を圧迫しはじめていた。  頼りない弟を守る兄貴のようにふるまう銀次郎だが実際にはふたりは同級生――まだ小学五年生だ。銀次郎だって航聖と同じような不安や畏れを抱いているはずだが、銀次郎は歩調を緩めるようなことはしなかった。
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