18人が本棚に入れています
本棚に追加
――もうよそうか。引き返そうよ。
幾度、この言葉を喉の奥に飲み込んだことだろう。航聖にだって男の見栄(別名、プライドともいう厄介なお荷物)があった。軽蔑されたくない思いが、その言葉を発することをためらわせていた。……が、高まる不安感はそろそろ限界にきていた。
銀次郎の背中に声をかけようとしたとき、銀次郎が振り返った。
「航聖、あそこ見ろよ。なんかいるよ」
猫? それとも犬?
ここら周辺はまだまだ自然が多く残っているから、イタチやイノシシはもちろん、キツネやキジを見かけることもあった。
が、草叢にうずくまっていたのは、そのどれでもなく、白い体毛の小さな生き物だった。仔猫ほどの大きさで、全体のフォルムは犬に近い。が、明らかに犬でも猫でもないことは、背中の翼と額の角が雄弁に語っていた。眠っているようだ。
「なんだと思う? 犬じゃないよな」
航聖はそれを見て息を飲んだ。そして、駆け出そうとする銀次郎の腕をつかみ叫んだ。
「銀ちゃん、こいつに近寄っちゃだめだ!」
一人前と認められていない年齢の彼が正式に教わったわけではないが、それが何者であるのか、航聖にはわかっていた。そして部外者の銀次郎に口外してはいけないことも承知していた。
なにかを知っているような航聖のセリフに、銀次郎は感じ取るものがあって、
「どうしてさ?」
つい、唇を尖らせた。
「銀ちゃん、だれにも言わないって約束できる?」
おぼろげにしか知らない航聖に説明できることは限られていた。この生き物は月神獣(つきかみ)という魔獣の一種で、人間の敵であること。満月の夜に魔獣はパワーアップすること。自分たちの一族は月神人(つきひと)と称し、大昔からこの月神獣と闘ってきたこと――。
それらをつっかえつっかえ、説明していった。
最初のコメントを投稿しよう!