8月…月読山(つくよみやま)

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「すげえ。それ面白いな。じゃあ、航聖は正義の味方ってわけか」  どこまで本気にしたのか、どこまで納得したのかわからないが、銀次郎の目が輝いた。 「人類を守るため月神獣と闘おうよ、航聖」  覚えたての空手のスタイルで間合いを縮めていく銀次郎に必死ですがりついた。そういう「設定」で楽しもうと決めたらしい。そんな気楽な遊びではないのだ。 「待てってば! ぼくの言ってること信じてないだろ。これは遊びじゃなくガチなんだよ」 「信じてるって。だって、こんな変な生き物がいるんだから。コイツの存在が一番の証拠だよ……って……おい」  空手の構えをした状態のまま銀次郎の動きが停った。 「航聖」  静かな口調で振り向いた。 「な、なに?」 「こいつ、よく見ると、すごくかわいいよ」  銀次郎の肩越しに見ると、小さな月神獣は目を覚ましていた。ぐぐっと伸びをして、大きくあくびをする様子が、とてつもなく愛くるしい。  やっつけようなどという無粋な考えは急速にしぼんで、代わりに可愛がりたいという願望がむくむくと頭をもたげて、頬がゆるんだ。  闘うという気持ちも遊びの延長で、ヘビを見たときのような強い嫌悪感があったわけではなかったから、すぐに感情と態度が切り替わった。 「さ、おいで……」  空手の戦闘モードを解いて、銀次郎は手をそっと伸ばした。月神獣は、目をぱちくりさせて、鼻先まで近づいた指先を見つめる……。航聖のつたない説明では理解できなかったかのような銀次郎の行為だった。 「あぶないよ。咬みつかれるかもしれないじゃないか」  航聖は、危険が分かっているから近づこうとはせず、不安げに様子を見守る。「やめようよ」とは強く言えず。それは、どこまで危険なのか、本物を見たことのないために、リアルには想像できないからだった。
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