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さて、話はこのカンブリア爆発から少し遡る。
昭和四十七年七月二十日。当時小学三年生だった私は他の多くの少年達と同じように夏休みに突入した。
夏休み。なんと優雅で蠱惑的な響きであろう。
学校という檻から開放された私達はほとんど無敵だった。
義務と言えるものは何も無く、自由と言う権利だけが目の前に広がっていた。
子供だけに与えられたこの特権を行使すべく、山に、海に、川に、街に、私達は繰り出した。
じーじーみんみんと喧しく騒ぐ蝉達を蹴散らし桃の木に登る。
遠くに海を眺めながら程よく熟した実を頬張ると、目の前をオニヤンマがグライダーのように通過していく。
桃の実で腹を満たした後は椚の木を片っ端から蹴り飛ばす。ぼとぼとと小さなものがいくつか落ちる。
大概はカナブンかコガネムシだが、稀にクワガタが落ちてきたりする。
それがミヤマクワガタだったりしたらもう天にも昇る気分である。
私達の間では甲虫には厳正な序列があった。
式で表すと、
ミヤマクワガタ > ノコギリクワガタ ≧ カブトムシ > コクワガタ > 越えられない壁 > カナブンその他
という図式になり、更に雌は雄より大きく価値が下がる。
これは主に外観のカッコ良さと希少性によって決められた序列であった。
まあ希少性はともかくとしても、外観に関しては完全に人間の偏見だから、それは大変遺憾である、とカナブンに訴えられれば反論出来ないのだが、もっともそのおかげで捕まっても逃がしてもらえるという特典が付いていたのだから、カナブンとしても実は文句の言えた義理ではないのだ。
ちなみにオオクワガタは友人を含めても捕ったと言う話を聞いたことがない。
もし捕れれば当然ミヤマクワガタの上位に来ることは言うまでも無いが、恐らくこの時点でもう私の周囲には生存していなかったのではないかと思う。
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