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 兄が私を残して出かけていくようになってから三日目の夜。夕食後に母が切ってくれた西瓜をかじりながら、私は兄とナイター中継を見ていた。  大洋-巨人。6回表ピッチャー平松、バッターは柴田。  平松は大洋のエースでシュートの切れ味が抜群だった。  後にシュートの名人と言われる西本聖(巨人)のようなドロんと曲がるシュートではない。カクんと鋭角的に曲がるカミソリシュートだ。  居間は六畳で、中央に四角いちゃぶ台が有り、四辺に座布団が敷かれている。  窓は開け放たれているが、それくらいで凌げるほど夏は甘くない。  縁台の上に乗せられた蚊取り線香の匂いが鼻腔を軽く刺激する。  日本の夏、キンチョーの夏。その割には私も兄も脛を蚊に食われぼりぼり掻いている。  平松が得意のシュートで柴田を三振に討ち取り私達は頬を緩ませた。巨人が嫌いなのだ、私も兄も。  念願だった大型カラーテレビは部屋の角に置かれ、しばしば激しいチャンネル争いを引き起こしたが、この日は野球を見たいという二人の希望が一致したため平穏無事な食後のひと時を過ごしていた。 「今日どこ行ってたの?」  平松の熱投を見ながら兄に聞く。 「おぉしぃえぇなぁいぃいぃ」  兄が震える声で間延びしたように答える。  別に宇宙人の真似をしているわけではない。  ゆるく回転している扇風機に向かって声を発したのだ。 「教えてよ!」  思い切り頬を膨らませて睨むが、兄は相変わらず扇風機に向かってニヤニヤ笑っている。 「おぉしぃえぇなぁいぃいぃ」  カッとなって西瓜の種を兄に向かって飛ばしたが、兄は涼しい顔でそれを避けた。  あまりこういうことは言いたくないが、弟に意地悪な兄であった。
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