1.魔王の娘

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 断崖絶壁。一歩でも踏み外せば、何百メートルも下を流れる激流に呑まれそうな渓谷。その数少ない足場にレールが敷かれていた。どこまでも、続くような長いレールだ。場所が場所なだけに、長い間使われていなかったらしく、レールの所々にサビが見えていたし、草も好き放題に生えていた。本来ならば、整備をしなくては安全に走れないような場所だというのに、そこを汽笛を鳴らしながら、猛スピードで駆け抜ける蒸気機関車があった。先頭の蒸気機関を含め全三両編成という、少ない車両編成であった。 「やっぱり、無茶ですぜ!嬢ちゃん。ここで、スピードを落とさずに走り抜けだなんて!」  半袖シャツにタンクトップ姿の機関士は汗だくになりながら、備え付けの伝声管に文句を垂れ流していた。機関士の彼が言うように、汽車は限界速度ギリギリまでスピードを上げていた。この未整備のレール。何度、脱線しかかったことか。その都度、彼はボイラーの暑さなど忘れて、冷や汗を流していた。 「泣き言なんか言っているヒマがあったら、もっと速度を上げる!用心棒がいるとはいえ、向こうから逃げ切るには、それしか方法がないのよ」  真っ黒なパラソルを片手に女性は伝声管を通して機関士に言い返した。紫のアイシャドーが入った目に黒のニット帽、ゴスロリ調の服を着る、彼女は一見すると小悪魔のようにも見える。 「その通りだニャー!メルト様の言う通りにするだニャー!」 と、女性が持つ真っ黒なパラソルが声を上げて機関士に抗議していた。  今はどうしても、急ぐ必要があった。どうしても、止まってなどはいられない。それは、どうしてなのか。 「お嬢様!敵襲です!」  大柄のフランケンシュタインのような燕尾服を着た男が連絡ロープを伝って知らせにきた。その知らせに、女性は機関室から身を乗り出して後方に目をやった。後方百メートルほどに羽根を生やし、空から迫る集団がいた。 「鳥系のメダルを使用しているのね」 「お嬢様。私が食い止めますか?」  大柄の男はネクタイを緩め、いつでも応戦できる構えた。だが、主人である女性によって止められた。 「ここは、勇者様と用心棒に任せましょう」 「彼らにですか?クロディさんは頼りになりますが、あの三人は今ひとつ、信用に欠けます」 「彼らは私の目で選んだのよ。少しは信用したらどうなの?父の城まで届けるまでは、あの子のことは守り抜かないと」
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