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7月のある日。
久慈大介は時計をチラりと見た。
時刻は20時を過ぎていて
既に職員室に残っている者はいなかった。
大介は私立桜ヶ丘学院の社会科担当だ。
大学を卒業する際、
公立高校の教員採用試験を受けたが、
結果は不合格だった。
他にもいくつか私立高校の採用試験を受けたのだが、
どこにも採用されないまま大学を卒業することになった。
しかし、
高校時代に世話になった恩師のコネによって
なんとか母校に教員として席を置くことができた。
本来ならば地理が専門教科なのだが、
既に桜ヶ丘学院には地理を教える古株の教師がいるため
空いている世界史を教えている。
桜ヶ丘学院は、県内でも有名で
文武両道の精神をかかげた学校だ。
敷地内には中学から短期大学までの校舎があり、大学は都内にある。
その中でも大学は全国的に知名度があり、
日本史系の専門授業に関しては
全国トップクラスの大学だ。
文系大学の中でも、
経済学部以外は偏差値が高かった。
大介は中学から大学まで一貫して通った。
エスカレーターでの進学のため
受験も何も苦労することないまま
教職の資格を取り、
社会人になり、再び桜ヶ丘学院に戻ってきたことになる。
桜ヶ丘学院では、同じ様に出戻りする者が多い。
特に、大介のように中学から大学まで
なにも苦労せずに進学し、卒業した者がほとんどだ。
そして、桜ヶ丘学院に勤務しながら
公立高校の採用試験を受け、
合格し、新しい勤務先が決まり次第
退職をする者がほとんどのため、
20代や30代の若い教師が少ない。
残っているのは頭の固い古株の教師ばかりだった。
そして彼らは出戻りの新米教師を
決まって見下すのだった。
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