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こみ上げてくる、吐き気を抑えるように逃げ出して行く。がむしゃらに走ってどうやって帰ったかはうろ覚えだけれど、部屋にこもってガタガタと歯をかち合わせていた。異常だ。異常だ。あんなの異常だ。漫画なんかに登場しても、そんなのはどこかの誰かが考えついた幻想でしかないし、そんなのは僕のまわりには存在しないと信じたかったけれど、あの光景を目にしてしまえば、僕のちっぽけな自尊心なんて簡単に叩き潰されてしまいそうだ。
顔を覚えられたかもしれない。どこまでも追いかけてくるかもしれない。
明日になれば下駄箱に焼き殺されたカマキリの死骸が詰め込まれているかもしれない。
いや、今度は僕があの蝋燭で焼かれるかもしれないと思うと腹のそこがぐつぐつと煮えたぎるような息苦しさに襲われて、母親がおやつのプリンを食べないのと言ってきたけれど、どうにも食べるきにはなれなかった。
「……ァア、……あぅうぁあ」
言葉にならない呻き声がもれた。
翌日、体調不良を理由に学校を休んだその日の夕方、クラスメートの彼がお見舞いついでにプリントを持ってきて、そしておもむろに口を開いた。
「昨日さ、兄貴、見かけなかった?」
と、兄貴という言葉の意味がわからずに困惑していると、彼はこう続けた。
「昨日、兄貴が言ってんたんだよ。お前のこと、クラスメートを見かけたって、それでさ、お前のことだろうなと思って」
「う、うん」
こいつと、あの人が兄弟だなんて信じられなかったけれど、頬の傷を見たときのことが思い返される。彼はポリポリと頬を掻きながら笑いながら語り出した。
昔は明るくて、気さくな人だったらしい。友達だってたくさんいたそうだ。
でも、お兄さんは少しずつ変わっていったらしい。教室でいきなり奇声をあげて叫び声をあげたり、他人には理解できない奇行に走ったそうだ。初めはうつむいてボソボソと喋る程度だったけれど、次第にその時間が長くなり、一人で水面を眺めてはニヤニヤと笑ったり、無理矢理、浮き輪をつけた犬を顔面から川に流して溺死する寸前に引き上げては、もう一度、沈めることを繰り返して溺死してからは浮き輪にくくりつけてその身体がグズグズになるまで放置、気味の悪いDVDを借りてきては、真っ暗な部屋でずっと試聴し続けたり、そんな行為を叱った大人達には自作のパチンコで仕返ししたりしたそうだ。その自作の玉は、野良犬の目玉だったそうだ。
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