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(これでいいんだ)
拓斗は自分の机にもたれかかる格好で、騒がしい教室を眺めた。
拓斗が言ったことは、結局は逃げの一手だ。相手の返答を求めることなく、自分の気持ちだけを伝えた。轢き逃げのようなものである。部外者から見れば臆病者のやり方かもしれない。いつもは行動すること自体から逃げていたのが、今回は沙紀から逃げたというだけのこと。
(でも、これは俺の本当の気持ちだ)
それでも拓斗は自分に嘘をつくことなく、心から納得していた。これは美談として語るような話でもないが、汚点として恥じていく記憶でもない。好きな人に『好き』と伝えた、それだけのことだ。当事者の二人しか知らない物語として、拓斗の胸の奥に保管される、ただそれだけのことだ。
「はい、全員席に着けー」
担任が教室に入ってきた。解散前にいくつか聴いておかなければならない事が有るので、教室で話していたクラスメイト達が各々の席に着く。沙紀も、拓斗の前に座る。もう椅子を蹴る理由もない。これからは別の道を歩んでいく人間だ。
(さよならだ)
心の中で拓斗がつぶやき、腰を下ろす。
最後のHRが始まった。
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