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「今日この高校を卒業した君達は、それぞれ別の道を歩み始めます。しかし、この三年間で培ったものは……」
(もう、毎日会うことも無いんだよな)
この日の為に用意された校長からの激励の言葉もろくに聴かず、新垣拓斗は隣を盗み見た。そこに座っているのは、三年五組出席番号一番、相川沙紀だ。彼女は拓斗と違い、真面目に校長の方を向いて話を聴いていた。一見スーツに見える格好だが、ドレスかと思えるような柔らかい見た目の黒いスカートを身につけており、存在を主張しないものの、彼女自身の落ち着いた雰囲気と相まってただ美しい。
(色眼鏡、ってやつなんだろうな)
拓斗は苦笑しそうになる。こんな厳かな場所でなければ、実際に一人で表情を崩して気味悪がられていただろう。
今日は卒業式。沙紀と拓斗をはじめとする三年生332名は、今日この学校を卒業する。
そして、そんな高校生活最後の日であるのに、当事者の一人である拓斗は沙紀に気持ちを伝えるべきか迷っているのだ。
拓斗が沙紀を気にかけ始めたのはいつからだろうか。
二年生へと進級する過程で行われたクラス替えまでは、名前さえ知らなかった。初めて言葉を交わしたときに内心可愛いとは思ったが、これは恋愛感情というほどのものではなかったはずだ。アイドルの写真を見て可愛いと思うのと同じで、ただ自分の感性に従った上での『可愛い』だ。
その後特に関わりを持つことなく学校祭も修学旅行も過ぎていった。沙紀はかなりの練習量と熱意、それ故の実績を持つ吹奏楽部に所属しており、よほど積極的に動かなければ、部外者の異性、その上クラスの人気者というわけでも無い拓斗が関係を持つ理由と要因は無かったのだ。拓斗はこの頃沙紀のことを気にかけてもいなかったし、むしろ他の女子に恋心を抱いていたような記憶さえ有る。この時点でも尚、拓斗の沙紀に対する認識は『ただのクラスメイト』でしかなかった。
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