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零 始まり
黒々と夜の暗雲と曇天から冷たい雨が降り注ぐ。
ひやりと身に染みるその冷感は、感覚を研ぎ澄ますようで逆に正常な判断力と触感を確かに奪っているようだ。
冷たい。
同時に、自分の体の生温かさを感じる。雨と冷やされた空気でどんどんその熱も奪われていっているのだが。
不意に、自分から発する熱を確かに奪っていっている雨を降らす空へ手を伸ばした。手は濡れ、更に傷口に染み、響く。思いのほか、痛くはなかった。
だけれど確実に俺の命を削っていっている。それだけはどうしようもなく変えられない、変更不可の確定事項。
死にたくない、とは思う。
けれど、人を殺し過ぎた報いが、今なのだろう、とも思う。
ろくでもない人生だったが、それなりに充実していたし、人を憎んだり憎まれたりもしたし。
生まれてまだ十数年しかいきていない俺でも、天寿は全うしましたと頷くしかない。
「……癪だけど」
ああ、生まれ変われるなら今度は真っ当に生きてみたい。人に使われるのはもうこりごりだ。
「あら……?」
突然、俺が今居る路地裏の右の奥側から女性の声がした。さっきまで明らかに誰も居ないはずの所に、急に気配ごと現れた。
首を右に向けて、そいつの顔を見ようとしたがそこには誰もいなった。
「……?」
「こっちよ」
今度は前から。
顔の位置を元に戻すとそこには奇妙な服着た奇妙な女性がいた。金髪で帽子を被っていて、扇子を持っていて。
そしてとんでもなく美人で。
「……なにか俺にようでも?」
「そうね。用があるわ」
死にかけの、僕の名前は死に体ですの俺に何の用だろう?
まぁ、どーでもいいか。死体を使ったなんかでも興味があるのかもしれない。
「死にかけの俺でもいいなら。思う存分自由に使ってくれ」
「どーも、有難う。有効活用させてもらうわ♪」
笑った。とてもとても楽しみで仕方ないと言わんばかりの笑みをその女は浮かべた。
俺は何も言わず、もう疲れたので目を閉じた。ああ、神様いるのなら、来世は善良な小市民にしてくれ。切実に頼む。少なくともこんな何処の誰か分からない奴にまで、最期まで使われる一生にはしないでくれ。
「それじゃあ、幻想郷へようこそ♪」
瞬間、意識が飛んだ。
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