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「もしかして君は数学者なのかい」  私が上擦った声でそう問いかけると、少女はぴたりと数式を唱えるのを止め、瞼をゆっくりと閉じた。  数十秒後再び開かれた瞳は、もう揺らめく事はなく、しっかりと私を捉えていた。 「なんて言いましたか?」 「君が何者なのか訊いたんだよ」 「私はオウ」 「それが君の名前?」  オウはこくりと頷いた。 「それからこの子は、マンドラゴラのラゴラ」  オウはそのグロテスクにも思える不思議な生命体を愛おしそうに抱き上げながら言った。 「オウはその理論式を最後まで証明できるのかい」  もし私が導き出せていないその答えが、オウの頭の中にあるのなら知りたいと思った。 「最後まで?」 「ああ、そうだよ」  屈んでオウと目合わせると、オウは私ではなくまたどこか遠い場所へ視線向け瞳を彷徨わせ始めた。  ピクリと瞼を震わせた思うと、彼女は何かを掴むように宙に手を伸ばす。指先が目に見えない繊細な何かを手繰り寄せるように微かに動いている。  オウの表情が苦し気に歪んだ。 「オウ、大丈夫か?」  オウの目は、私を捉えない。まるで彼女はこの場に存在していないように感じる。確かにここにいるのに、心だけどこかへ飛んで行ってしまっているように。 「車は馳せ、景は移り、境は転じ、客は改まれど、貫一は易らざる其の悒鬱を抱きて、遣る方無き五時間の独に倦み憊れつゝ、始て西那須野の駅に下車せり」 オウが口にしたのは数式ではなく日本の古い文章のようだった。それだけ言うとオウは目を瞑り、ゆっくりと開いた。そしてオウは私をしっかりと見ている。 「今の言葉は数式ではなかったようだけど」 「これはあなたにとって大切な糸になる」 「私の解きたい答えに必要な言葉だと言うことなのかな」 「そう。私は少し先から糸を引っ張ってきただけ。これはいつかあなたが出会うはずだった言葉だから」 「でも、数学には関係なさそうだったね」 そう言うと、オウは困惑した表情を浮かべる。 「あなたが知りたいのはネオ幾何学の事ではなかったの?」 ネオ幾何学――――これは私が仮につけた名称で、学会での発表に使ったものではない。なぜそれをオウが知っているんだろう。 「君はネオ幾何学を知っているの?」 オウはほっとしたように笑顔を浮かべた。
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